本間勝交遊録
35人目 西村一孔
球団初の新人王の 太く短かった野球人生[12.6月号掲載]
 阪神タイガース創設以来、初の〝新人王〟に輝いたピッチャー。故・西村一孔さん。昭和三十年の入団。なんと、この年二十二名ものルーキーが縦縞のユニホームに袖を通した。ノンプロ球界で注目されていた同投手、当然、契約金、年俸ともに新入団選手の中ではトップ。評価は高く、その実力は新人でありながら、故・藤村隆、故・渡辺省、小山さんといった好投手を差し置いて〝開幕投手〟の大役を仰せつかり、見事白星で飾ったというから大したもの。さらに、オールスターにはファン投票で選出された。新人王に輝いた成績は60試合に登板して、22勝17敗。295回3分の1を投げ抜いて奪三振302、防御率が2・01。文句無しのタイトルだった。
 物事にこだわらない人だった。我々年下の者が『イッコウさん』と名前で呼んでも、嫌な顔一つせず気いよく返事をしてくれた。本名は一孔(かずのり)さんだというが、いつも笑顔で応えてくれた。そのイッコウさん、共通の話題があってよく話しかけてくれた。吉田正男(故人)さんがその人。私の出身校である中京商業(現中京大中京高)の大先輩。甲子園球場で行われる夏の全国大会で、昭和六、七、八年エースとして大活躍。三連覇という離れ業をやってのけた偉大な人。私にとっては雲の上の人。高校時代、教えをこう時などは自然に直立不動の姿勢をとっていた。
 時々の指導ではあったが、的確なアドバイスをしてくれた大先輩。私達の結婚式にも出席していただいた人だが、西村さんが高校卒業後入社した、ノンプロ・藤倉電線のピッチングコーチをしていたのがその吉田さん。お互い、成長期にお世話になった恩人。思い出話をしていると実に懐かしい。良き指導者に出会って
メキメキ頭角をあらわす西村さん。プロ野球界から注目される逸材となってタイガースに入団した。西村さんとの話の中で、こんなやり取りもあった。『本間よ。吉田さんって怖かったかあ…。よう冗談を言う、おもろいオッチャンだったよなあ』とんでもないことを言い出す。イッコウさんならジョークも言えるおもろいオッチャンだが、吉田さんとなったら話が違う。私にとっては雲の上の人。『冗談じゃないですよ。アドバイスをしていただく時なんか、いつも直立不動でしたよ』クソ真面目に答える私を見て、大笑いするイッコウさん。
 確かに、本来の吉田さんは、西村さんがおっしゃる通りの面白いおじさんだった。後に某スポーツ紙の評論家になられ、春、夏の高校野球の全国大会には必ず甲子園球場へ姿を見せられた。新聞記者だった私も高校野球の取材に行った。よくお目にかかった。よく話をさせていただいた。ジョーク混じりの話が多く、口調はベランメイ調。気さくで話し易い人だったが、一度だけ物事にこだわらない吉田さんの、マジなボヤキを聞いたことがある。それは母校のユニホームのデザインが大幅にかわってしまう時だった。『襟のある、あの伝統のユニホームまでかえなくてもなあ』三連覇した偉大な人。愛着心から出た言葉だろうが、いつになく厳しい表情だったことを覚えている。
 この時、西村さんが一緒に話を聞いていようものなら、吉田さんのクソ真面目な顔を見て大笑いしていたに違いない。二人とも本当におもろいオッチャンだったが、西村一孔さんの現役としての実働は六年。不運が重なった。新人の年の酷使がたたってか、翌年肩を痛めてしまった。夏ごろに復帰したものの、今度は盲腸を患う。薬で散らして、無理をしながらマウンドに立っていたが、これが裏目に出る始末。オフになって手術はしたものの、こじらせてしまったことで、なんと二カ月もの入院生活を余儀なくされた。私が入団した時はまだまだ現役として頑張っておられたが、ピッチングフォームは、今年大リーグから日本球界に復帰した岡島同様、投げる時顔をとんでもない方へ向けてしまう変則フォームになっていた。小細工をせず、真っ向勝負するあの剛腕は影をひそめていた。
 太く短い野球人生だったが『悔いはないね』ときっぱり。私たち夫婦が結婚して住んだ借家が、イッコウさんの豪邸の真ん前。この時点では、すでにユニホームを脱いでおられたが、時々顔を合わせると『えらい、ベッピンさんの奥さんをもろうて…。元気かあ。頑張らなあかんでー』とジョーク混じりの声をかけてくれた、気のいい先輩だったが、この西村先輩についで、タイガースで新人王を取った選手を調べてみると、なんと、この人だった。田淵幸一氏。現楽天のヘッドコーチとして星野監督をサポートしている。次回は田淵氏で?…。

列伝その35
西村一孔

1935年10月11日、山梨県出身。県立都留高校から藤倉電線に進み、都市対抗野球で活躍。1954年オフに大阪タイガースに入団した。背番号は「20」。入団初年度の1955年に開幕投手を務め、この年22勝を挙げて新人王に。しかしその後は故障や病気の影響で活躍することができず、計4年間の現役生活に終わった。通算成績、100試合登板、31勝20敗、防御率1.95。

49人目 三好一彦~ 『虎の穴』の生みの親 [13.10月号掲載]
48人目 猿木忠男~ 虎の歴史とともに歩んだ名物・名トレーナー [13.9月号掲載]
47人目 木戸克彦~  虎一筋三十余年 今を支える苦難の日々 [13.8月号掲載]
46人目 中田良弘~  気さくな『男前』投手との意外な接点(?) [13.7月号掲載]
45人目 江藤愼一~  セ・パを渡り歩いたバットマン 〝闘志〟の裏の優しい笑顔 [13.6月号掲載]
44人目 和田博実~  「野武士」の理論派の意外な一面 [13.5月号掲載]
43人目 杉下茂~ 憧れの〝フォークの神様〟温かな気遣いの思い出 [13.4月号掲載]
42人目 王貞治~ 世界のホームラン王に打たれたあの一本 [13.3月号掲載]
41人目 新庄剛志~ 予測不能な天性のスター [13.2月号掲載]
40人目 野村克也 その二~ 虎に浸透させた「野村の考え」 イメージに反して意外な一面も [13.1月号掲載]
40人目 野村克也 その一~ 虎を変えた名将 気の毒な退団劇の顛末 [12.12月号掲載]
39人目 久万俊二郎 ~ 自ら動いてチーム再建に尽力 酸いも甘いも噛み分けた名物オーナー [12.11月号掲載]
38人目 根本陸夫 ~ チーム強化に辣腕を振るった「球界の業師」その素顔 [12.10月号掲載]
37人目 竹之内雅史 ~ 独特のフォームがトレードマーク 寂しさの残ったチーム離脱 [12.9月号掲載]
36人目 田淵幸一 そのニ ~ 強運と声援を味方にした 本物の四番打者 [12.8月号掲載]
36人目 田淵幸一 その一 ~ 天性の「人柄」が育んだホームランアーチスト [12.7月号掲載]
35人目 西村一孔 ~ 球団初の新人王の 太く短かった野球人生 [12.6月号掲載]
34人目 前岡勤也 ~ プロでは花開かずも 昔も今も変わらぬ好人物 [12.5月号掲載]
33人目 藤本勝巳 ~ 「努力」で輝いた野球人生 [12.4月号掲載]
32人目 田宮謙次郎 ~ あと一人で逃した 球界初の〝完全試合〟 [12.3月号掲載]
31人目 梶岡忠義 ~ 小さな体に不屈の魂 生涯〝野球大好き人間〟 [12.2月号掲載]
30人目 後藤次男 ~ マイペースでお人好し 愛すべき〝クマさん〟の思い出 [12.1月号掲載]
29人目 山本哲也 ~ 「名捕手」の条件を全て兼ね備えた良き女房役 [11.12月号掲載]
28人目 山本和行 ~ 〝1985〟歓喜のシーズン リリーフエースを襲った不慮の事故 [11.11月号掲載]
27人目 中西清起 ~ 八十五年、歓喜の胴上げ投手の不思議な思い出 [11.10月号掲載]
26人目 小林繁その2 ~ 「男の美学」 を貫いた生涯 [11.9月号掲載]
26人目 小林繁 ~ 「悲劇のヒーロー」 イメージと戦った人気者の素顔 [11.8月号掲載]
25人目 藤本定義 ~ 六球団で二十九年 名実共に「大監督」の素顔 [11.7月号掲載]
24人目 金田正泰 ~ 忘れられない プロ初勝利の温かい握手 [11.6月号掲載]
23人目 ランディ・バースその2 ~ 脚光の裏にあった〝努力〟と順応性 [11.5月号掲載]
23人目 ランディ・バース ~ チームに馴染む努力を惜しまなかった 史上最強の助っ人 [11.4月号掲載]
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22人目 川藤幸三 ~ 信望集める新OB会長は 球界稀代のムードメーカー [11.2月号掲載]
21人目 並木輝男 ~ 豪華な交遊、スマートな物腰 教わった『焼き肉』の味に大感激 [11.1月号掲載]
20人目 鎌田実 ~ 寡黙な職人気質も一転 一生涯を野球に [10.12月号掲載]
19人目 三宅秀史 ~ グラウンド内外のギャップに驚く 玄人好みの名三塁手 [10.11月号掲載]
18人目 吉田義男 ~ 俊足で華麗な守備のスタープレーヤーから初の『日本一』監督へ [10.10月号掲載]
17人目 岡崎義人 ~ 小柄で豪放 人柄が慕われた球団社長 [10.9月号掲載]
16人目 小津正次郎 ~ 世間のイメージに隠された 温かい人柄と人間味 [10.8月号掲載]
15人目 安藤統男その2 ~ マスコミサービスを重視した気遣いの人 [10.7月号掲載]
15人目 安藤統男 ~ 『ファン重視』の姿勢が生んだ監督辞任事件 [10.6月号掲載]
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13人目 遠井吾郎 ~ 多くの人から慕われた 仏のゴローちゃん [10.4月号掲載]
12人目 山内一弘 ~ 名古屋訛りの大阪弁を喋る オールスター男 [10.3月号掲載]
11人目 ジーン・バッキー ~ ニッポンに溶け込んだ ただ一人の外国人沢村賞投手 [10.2月号掲載]
10人目 渡辺省三 ~ 独自の調整法で磨いた抜群のコントロール [10.1月号掲載]
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4人目 岡田彰布 ~気遣い上手で、したたかで、選手時代から発現していた類い稀なるリーダーシップ [09.5月号掲載]
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2人目 村山実 「炎のエース」との水遊び [09.2月号掲載]
1人目 藤村富美男 物干し竿で記録と記憶を残した栄光の背番号「10」 [09.1月号掲載]
4月号4月号
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