3人目 掛布雅之 その2〜努力に努力を重ねて [09.4月号掲載] | |
野球に取り組む姿勢。野球人掛布の原点である。強靭な体、強い精神力。テスト生同然、無名選手から一流を極めた凄い奴だ。 野球漬けの毎日だった。練習の虫だった。ユニホームは連日泥だらけ。継続は力なり、まさに努力の人。一日一日の積み重ね、一球一球の積み重ね、一打一打の積み重ね、一試合一試合の積み重ねによって築いた“四番”の座。『好きこそものの上手なれ』のことわざがある。野球界でも『野球が好きであり続けた人は、間違いなく桧舞台で活躍している』のだ。私が見てきた掛布像。惜しみなく努力する姿は何度となく目にした。 もともとが、クリーンアップの一角を担う素材。入団した年からあのバッティングは、首脳陣の目に止まった。体は強い。己をとことんいじめ抜いても、決してヘコたれない。弱音は吐かない。人の見ていないところでも黙々と練習する。私の記憶の中に、いまだ鮮明に残っているのは、素振りである。全く人を寄せ付けない、凄まじい雰囲気の中で始まる。初めて遭遇したのは1983年、ハワイはマウイ島で行われたキャンプだった。場所はホテル前の浜辺。一人、黙々とバットを振る掛布がいた。 バットを構える。一点をじっと見つめる。その目は鋭い。一本足で立つ。数十秒間静止する。精神を統一する。『ハッ』―気合の声を発してバットを振り下ろす。集中力を高める。何度も何度もスイングを繰り返す。まるで何かに取りつかれたようだ。他の事など見向きもしない。ピーンと張りつめた緊張感。周りはバリアで囲まれているかのようで、近寄れない雰囲気。よく目にした光景だったが、私、一度たりとも近づくことができなかった。野球に取り組む姿勢がかもし出すバリアなのか。威圧感を感じた。遠巻きに見ていて“凄い”のひと言。納得するまでその素振りは続いた。ひとつだけ気になったのが、『なぜ、一本足に?』ということ。もちろん、わけがあった。 『僕は体が小さいので、それでいて遠くへ飛ばそうと思ったら、スエーではないけど、体をぶつけていかないとホームランを打てない。体を移動させるタイミングを計るためにやっていた』 ホームランバッター掛布は、こうした目に見えない努力の産物だ。キャンプでも、特打、特守は自分から進んで挑戦していた。バッティングでは柵越えを連発する。見ていて気持ちがいい。フィールディングでは、何本も何本もノックの打球を追う。タフネスな面をいかんなく発揮して体を鍛えた。とことんやり抜いた掛布氏。こと野球に関しては常に完璧を追求していた。 私も当時はユニホーム組に同行していた。生活を共にしていると、選手の考え、動向はよく見える。広報担当として、タイガースOBの感覚で注目する。日頃の行動に野球に取り組む姿勢が出ている。ある意味、当たり前のことかもしれないが、掛布氏には感心させられた。東京、横浜、名古屋、広島等地方ゲームを含め、一シーズンを通して何度となく遠征をする。その都度、彼は布で作られた手製のバットケースを手にしていた。中身は素振り用のバット。若手に持たせることはない。必ず自分で持ち歩いた。当時、球団からチームより先にホテルに着く荷物車は出していたが、『大事なバットですから』。さりげない行動に、四番を打ち続けた男の姿を見た。手作りのバットケース。ユニホームを脱ぐまで手離すことはなかった。 シーズン前のスキートレーニングに同行した。シーズンオフのコマーシャル撮りにも付き合った。『カッ、カッ、カッ、カッ、カケフさん』という某社のコマーシャル。三枚目的な役割も平気でこなすキャラの持ち主。実績を築いてからはよく飲み、よく遊んだ。プロフェッショナルである。仕事と遊びのメリハリはきっちりと付けていた。アルコールが入ると、マイクを手にすることもある。その歌はなかなかうまい。何よりムードがある。若気の至り。何度か脱線したことがある。彼にはそれを跳ね除けるだけのパワーがあった。人に負けない努力によって培ったパワーで、グラウンドで答えを出してきた。苦労してスターの座をつかみ取った選手。それだけにもう一度縦縞のユニホームを着せたい男だ。 掛布といえば、即頭に浮かぶのは岡田だろう。次回は前監督に登場してもらおう。 |
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●掛布雅之 1955年5月9日生、千葉県千葉市出身 タイガース入団前からアマチュア球界のスターだった初代ミスタータイガース藤村富美男選手、2代目ミスタータイガース村山実投手に比べ、3代目ミスタータイガース掛布雅之選手はドラフト6位、練習生同然の入団だった。しかし、オープン戦での活躍が認められて1年目から一軍に抜擢されると2年目のシーズン後半に四試合連続本塁打を放ってレギュラーに定着。3年目には打率3割、27本塁打をマークしてベストナインを獲得し、タイガースの主軸へと成長した。1979年にはタイガース史上日本人最高記録となる48本塁打を放って本塁打王を獲得し、江夏、田淵が去ったタイガースの名実ともに新しい顔となった。 |