(月刊タイガース1月号より抜粋)
2019矢野元年
―一カ月半前を振り返ると、10月13日に一軍の最終戦が終わり、矢野監督にとってはそこから降って湧いたような怒涛の日々ではなかったかと思います。その時の心境はどのようなものでしたか?
そうですね、それまでは今の自分の姿というのは想像もしていなかったので。2019年からヘッドコーチとしてどうやっていくかと。それは監督と選手、監督とコーチ、監督とスタッフの間に入ってやっていくというイメージで。ただ、ヘッドコーチから監督と、仕事は変わりますけど、基本的な考えは変わらないというところもありますね。もちろん言われた時、要請を受けた時は戸惑いもありましたし悩みもしました。不安や怖さ、逆にやりがいと、いろんな感情がありました。
―かつて野村監督は知将と言われ、星野監督は闘将と称されていました。矢野監督はそのどちらの監督からも大きな影響を受けたと思うのですが、その両方の要素を併せ持っているのではないかと。
そうですね、もうズルいですけど、パクらせてもらうところはたくさんあると思います(笑)。というか、もう今年も思う存分パクってきましたから。僕の口から出ている言葉ですけど、「あー、これは野村さんに教えてもらったことやなー」とか「星野さんに言われたことやなー」と。言った後にそういうことを思うことはよくありますね。選手が成長できるものやチームが勝つために必要なものは、どんどん使わせていただきます。でもそこにプラスアルファとして、僕にしかできない部分っていうものもあるかなと思うので。僕らしさ、僕自身の色をわざわざ出そうとは思っていないですけど、自ずと入ってくると思います。でも結果的に知将とか闘将と呼ばれるのはすごい方々なので、最終的に自分も何か付けてもらえるようなことになればいいですね。
このインタビューの完全版は、
月刊タイガース1月号P4〜P8をチェック!